これまでの回では、木桶という器そのものや、木桶職人復活プロジェクトの取り組み、そして木桶仕込み醤油の味わいについて紹介してきました。
第4回は、いま木桶文化を支えている「人」に目を向けてみたいと思います。木桶文化の現場では、次の世代の蔵人たちが中心となり、新しい動きが広がっています。
世代を超えて受け継がれる木桶文化
2月5日から8日まで、小豆島で「木桶による発酵文化サミット」が開催されました。小豆島で木桶づくりが始まってから、今年で13年目になります。
最初の頃、参加していたのは各地の蔵の“お父さん世代”でした。その背中を追うように、子ども世代が見学や手伝いとして参加していたのを思い出します。
それから十数年。
いまサミットの中心にいるのは、その子ども世代です
「自分たちの醤油づくりはどうあるべきか」
「これから蔵を、木桶文化をどうしていきたいか」
そうした言葉が、自然と彼ら自身の口から語られるようになりました。

木桶醤油を世界へ——KIOKE SHOYUの発信
全国の木桶仕込み醤油を仕込む蔵元25蔵が集まる一般社団法人木桶仕込み輸出促進コンソーシアムでは、「KIOKE SHOYU」としての発信も広がり、海外でも注目を集めています。若手蔵人たちはチームとして展示会や商談の場に立ち、木桶ならではの味わいと彼らの想いや背景にある文化を伝えています。
3月にはアジア最大級の食品展示会「FOODEX JAPAN」にもここ数年出店しており、今年も出展予定です。木桶文化は、いま世界へ向けても語られはじめています。


新桶に込めた想い——山川醸造の挑戦
今年の木桶サミットで組み上げたのは、
山川醸造 の三十石の新桶。
7年前、父とともに参加し新桶づくりを経験した四代目・山川華奈子さんの想いから実現しました。
「もう一度、小豆島の職人さんや仲間たちと一緒に新桶をつくりたい。そしてその桶で、おいしい木桶仕込みのたまりをつくりたい」

山川醸造が木桶を選び続ける理由。かつてタンクで仕込んだ際、原料は同じでも風味が大きく異なり、お客さまからも「いつもと違う」と声があったといいます。そのとき確信したのが、「自分たちの味わいは木桶でこそ生まれる」ということでした。
もちろん木桶仕込みは容易ではありません。多くの蔵で100年を超える桶が現役で働き、これから寿命を迎えるものもあります。それでも続ける。そのために蔵元同士が情報を交換し、新桶をつくり、修理を重ねながら模索を続けています。

100年続く醤油づくり
新桶を導入することは、単なる設備更新ではありません。
それは、これから先100年、この方法で醤油をつくり続けるという意思表示でもあります。
「木桶とたまりの文化を100年先に残すために、私にできることは一つ。おいしいたまりを造り続けること」
そう語る華奈子さんの言葉には、静かな覚悟がにじんでいました。

100年前に誰かが植え、育てた杉が桶となり、いま醤油を育てている。そして今つくられた桶もまた、これからの100年を、次の世代へ受け継がれながら、醤油を育て続けていく。
若い蔵人たちの姿を見ていると、木桶文化は“残されたもの”ではなく、“選ばれて続いていくもの”なのだと感じます。味わいを未来へつなぐのは、桶そのものではなく、それを使い続けようとする人の意志なのかもしれません。









