茨城県鹿嶋市にある「鹿嶋パラダイス」が運営する「Paradise Beer Factory」では、世界でも希少な自然栽培麦芽100%のオーガニックビールを醸造している。自社で 収穫した自然栽培の大麦で作った麦芽と鹿島神宮の水で仕込むビールの品質と味わいは国内外で高く評価されている。
2024年1月にはオーガニック認証を取得。代表の唐澤さんに、自然栽培を初めたきっかけやビールづくりの経緯などを聞いてみた。
文:門之園 知子
国産オーガニック麦芽100%のビールで世界を変える仕掛け人
鹿嶋パラダイス代表
唐澤 秀さん Karasawa Shu
2008年、茨城県鹿嶋市で「鹿嶋パラダイス」設立。自然栽培で米・麦・大豆等を生産。それらを原料にクラフトビール、豆乳、豆乳ドーナツ、ジェラート、味噌、醤油の製造・販売も行う。「美味しくて、心地良くて、身体にも良くて、地球にもいい」を理念に、自然栽培の農業から加工・販売まで一貫して行う。
Paradise Beer Factory: http://paradisebeer.jp/
「美味しいものを食べたい」
そこから始まった自然栽培
約20年前、唐澤さんは「奇跡のリンゴ」で知られるリンゴ農家・木村秋則さんから自然栽培を学び、その魅力に惹かれた。半信半疑な部分もありつつ自分でも始めたが、収穫した野菜の美味しさに衝撃を受けた。香りが爽やかで、舌触りや喉越しが格別。この美味しい野菜をつくりたいと、2008年「鹿嶋パラダイス」を設立。現在では18ヘクタールの耕作地で自然栽培を行う。「自然栽培の作物は雑味がなく、品種本来の香りや旨みが際立つのが特徴。その土地の風土の味わいがプログラムされていくシンプルさがある」と彼は語る。
正直、自然栽培は非常に大変。天候や草の管理との戦いで時間と手間がかかる上、毎年試行錯誤の繰り返し。経済的な厳しさもある。麦と大豆の栽培が自然栽培の畑作りには不可欠だが、これらは販売価格が安く栽培コストを賄うことが難しい。そこで唐澤さんは、自社栽培麦を使ったビールづくりに着手。4年間の修行後、2016年に「Paradise Beer Factory」を設立。そこで醸造する自然栽培麦芽100%のビールは、その品質と味わいの良さが各地で評価されるようになった。更に「鹿嶋在来」という青大豆でつくられた味噌や豆腐、豆乳ベースのジェラート等も人気商品。持続可能にするための手段を常に考え、自然栽培の可能性を広げている。
唐澤さんは農家でありながら加工品も製造し、レストランやジェラート店の経営も手掛ける。生産・加工・販売をすべて一貫して実施するところにも、唐澤さんのこだわりがある。彼が以前各国で世界ナンバーワンの評価を受けた農家を訪ねる旅をしていた時、彼らに共通する点があった。それは素材の生産から加工販売までをすべて自ら実施していること、そしてそれぞれの部門のスタッフが自分たちのつくる商品に対して誇りを持ち、過剰とも言えるくらい自慢をしていたこと。分業が当たり前の世界において、「つくる一貫性」と「想いの一貫性」を大切にしたものづくりをしていたいと語る。
日本発オーガニックビールで、
持続可能な未来を
「日本のオーガニック市場は世界市場のたった1%。欧米が約80%を占め、オーガニック商品に対する価値が高まっている。先日出展した海外の展示会でもバイヤーたちが『オーガニックを買うことで世界を変えよう』という意識を強く感じた」という。「その動きを日本に持ち込めたら日本のオーガニック市場も変化するのでは」と、世界進出にはその想いも込める。
世界的にもオーガニックビールは希少で、「日本人による究極のJapanese Organic Beer」として世界市場へ展開を進める。「外国起源のお酒であるビールを、日本において、日本人がつくるとするならばどういうビールになるだろう」を問い続け、日本の醸造酒である日本酒の技法も取り入れながら更なる進化もし続ける。現在は自社の自然栽培麦芽100%と地元の水を使用し、2アイテムは千葉の酒蔵・寺田本家の酵母で醸造。9月からは、地元の木材を利用した木桶での醸造に挑戦する。
更に、唐澤さんは新たに自然栽培を始めたいと考える農家を支援する取り組みも行う。肥料も堆肥もいらない畑にするには時間とコストがかかることが一番のハードル。そこで耕作放棄地で、麦と大豆を栽培し、自然栽培でも十分な収量がとれる畑に育て上げ明け渡している。
また、藍の栽培や藍染め事業も2024年秋より開始。将来的には食衣だけでなく、住やエネルギーの領域においても持続可能な形へと変えていくとのこと。
自然栽培には世の中を変えるポテンシャルがある。「じいちゃんのお陰で世の中が良くなってきたね」と孫世代が感じられる未来を目指し、唐澤さんはこれからも挑戦を続けていく。