Vol.3「僕は猟師になった」
生き物の命を奪って食べるということ
スーパーでパックになった肉を買っていると、生き物の命を奪って食べているということを意識しないと思いますが、これらの肉ももちろん生きた動物だったわけです。このドキュメンタリーに登場する猟師を見ると、否応なく自分が生きるために生き物の命を奪っていることに向き合うことになります。
もしかしたら、そんなの見たくないと思う人もいるかもしれません。でも、この映画の主人公・千松信也さんは大の動物好き。そんな彼が、なぜ自ら動物の命を奪って食べるのでしょう? この映画には、千松さんが真摯に猟に向かう姿が描かれています。そして、「命」を提供してくれた獲物に感謝する気持ちになると思います。まずは、どんな猟をするのか見てみましょう。
シンプルなわな、解体後は無駄なく使う
千松さんの住まいは京都。でも、山奥ではありません。ちょっと歩けばバス停やコンビニもあるし、車を出せばすぐに市街地に出られるようなところに自宅があって、裏山が猟の場所でした。
千松さんは雨が降るとワクワクすると言います。動物が動き出すので、わなにかかる可能性が高くなるからです。彼は他の猟師のように鉄砲を使いません。わなを仕掛けて獲物を獲るわな専門の猟師なのです。
千松さんが仕掛けるわなは極めてシンプル。ロープを輪っかにして獲物の通り道に置き、獲物がそこに足を入れると自動で輪が締まり、捕えるというもの。
獲ったイノシシや鹿は解体して、驚くほど無駄なく使います。さまざまな部位の肉を、焼肉、しゃぶしゃぶ、燻製など、いろんな調理で楽しみます。
ある日、イノシシの骨からスープをとり、イノ骨ラーメンを作りました。そのなんと美味しそうなことか! 千松さんの子供たちも大喜びです。
みなさんも是非! と簡単に言える食材ではありませんが、食べるシーンって何か元気をもらえる気がします。
池松壮亮の語りが秀逸
本作は、2018年にNHKで放送された「ノーナレ」というドキュメンタリー番組を元に、追加撮影を加えて再編集したものです。なので、テレビで見た人も多いかもしれません。なんだ、テレビでやったものかと思うなかれ、「ノーナレ」はその名の通り、ナレーションが一切入らないドキュメンタリー。ところが、長編化するに当たっては、俳優の池松壮亮によるナレーションが加わりました。もうこれだけで、前回とはずいぶん印象が違います。池松の淡々とした語りがとてもマッチしています。
実は最初に予告編を見た時、ちょっと自分にはこの映画はキツイかなぁと思ったんです。というのは、罠にかかったイノシシを木刀で殴って気絶させ、またがってナイフで心臓をひと突きして殺す場面があって、瞬間的に「わぁ、可哀想!」って思ってしまったからです。ドキュメンタリーですから、本当に命が失われるシーンなわけです(ちなみにかつてNHKより前に某テレビ局が取材に来た時には、そういうシーンはオンエアでカットされたとか)。
でも、映画を観るとそんな心配は無用でした。もちろん、獲物の命が消えるシーンはあります。しかし、そのあとの千松さんの行動に納得できました。
千松さんが、解体後に最初に食べるのは心臓だそうです。千松さんは、命の象徴の心臓を、お酒を呑みながら一人でいただくことを習慣にしています。それは獲物に感謝する儀式のようです。それにしても、なぜ千松さんは自分で獲物を獲るのでしょう?
なぜ自分で獲るのか?
大の動物好きの千松さんは、子供の頃からいろんな動物を飼っていたそうです。好きだからこそ、スーパーで誰かが用意したパックの肉を食べるのには違和感を感じていました。野生の動物が生きるために自分の力で食料を獲るのと同じように、自分の食べる分は自分で獲ろう、そうすることで自分も動物たちの仲間になれると。
なので、以前は獲った肉を販売した事もあるそうですが、今は家族と友人が食べる分しか獲らないそうです。つまり、猟師が仕事という意識はなく(実際、運送会社で働いています)、かと言って趣味でもなく、生活の一部という事なのです。 動物と同じ立場に立とうとしているところは、千松さんが骨折をした時のこんな行動からもわかります。
今日も動物たちに会いに行く
ある時、千松さんは狩りの最中に誤って足を滑らせ、転倒。足を複雑骨折してしまいました。普通ならすぐに手術をして完治を目指しますが、千松さんは違いました。手術を受けないって言うのです。病院で手術を勧められてもギプスをするだけで自然治癒力に任せました。千松さん曰く「交通事故とかなら手術しますけど、猟の時ですからね〜。手術して元どおりになって、また猟に来たら動物から見たら卑怯でしょ。動物たちは手術しませんからね」あくまで動物と対等であろうとします。でも、それで松葉杖が取れなかったら、これまでのように山へは入れないのでは? 「そうなったらそうなったで、その足で出来る猟をしますよ」
このポジティブな考え! さて、その結果、足がどうなったかは劇場で確認していただくとして、ともかくそんな千松さんだから、毎日山へ入るのがとても楽しそう。まるで動物たちに会いに行くみたいです。
千松さんがすごく動物に愛情を持っている人だとわかり、当初自分が抱いていた「可哀想」なシーンを見せられるツライ映画という印象は完全に打ち消されました。ぜひ、ご家族で観に行き、観た後に感想を話し合ってほしいと思います。
作品データ
「僕は猟師になった」 全国公開中!
語り:池松壮亮 出演:千松信也 音楽:谷川賢作
監督:川原愛子 製作:NHKプラネット近畿
配給:リトルモア/マジックアワー www.magichour.co.jp/ryoushi
2020/日本/カラー/ 99分 公式サイトwww.magichour.co.jp/ryoushi
映画ライター:板倉京一/これまで映画館で観た映画約5000本。映画館は感染リスクが低い。映画館に行こう!