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2026.01.30

木桶仕込み醤油の多様性—バラエティと複雑さを醸し出す木桶

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【第3回】木桶醤油の魅力

これまで2回にわたり、木桶という器そのものと、木桶をつくり支える人々の動きを紹介してきました。第3回は、木桶が何を生み出しているのか——木桶仕込み醤油の味わいに焦点を当てます。

かつて醤油づくりは木桶が当たり前でしたが、近代化とともにタンクへ移行が進み、現在では木桶仕込みは国内流通の約1%ほどまで減少したといわれています(※木桶醤油の生産量1%の根拠)。一方で近年、国内外で木桶仕込み醤油の価値が見直され、「木桶ならではの味わい」を求める料理人や販売店も増えています。

木桶仕込み醤油のおもしろさは「蔵ごとの違い」

木桶仕込み醤油の魅力は、深みだけではありません。同じ大豆・小麦・塩から生まれても、蔵ごとに香りの立ち方、味わいの広がり、余韻の輪郭が驚くほど違う。その多様さこそが面白さです。
品質管理や官能評価の仕事をしていた頃、私は「安定して同じ品質をつくる」ことを最優先に考えていました。けれど、木桶の蔵を訪ね歩くうちに、“その蔵ごとの味わい”そして”そこにしか出せない味わい”に惹かれていきました。

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木桶仕込み醤油は、ラーメンの世界でも注目されています。仕上げにほんの少し加えるだけで、その店ならではの輪郭や余韻が立ち上がる——そんな理由で、木桶醤油を選ぶ店もあるそうです。
小豆島の木桶サミット限定で提供された「饗 くろ㐂」さんの“菊醤”ラーメンの話も、木桶醤油の使われ方として印象的でした(詳細はこちらから

多様性を生む3つの要素

1)土地が育てる味わい——風土と蔵の環境
蔵にはそれぞれ温度・湿度・空気の流れがあり、その環境の中で発酵が進みます。季節の移ろいも含めた風土が、その地ならではの味わいの方向性を形づくっていきます。
蔵を訪ねるたび、扉を開けた瞬間の空気の重さや、木の匂い、ひんやりした湿度が違うことに気づきます。発酵は、こうした“場”の性格とともに進んでいくのだと感じます。

2)時間が積み重なる味わい——木桶がもつ履歴
木桶は、100年から150年以上使われ続けることができます。長い年月をかけて使い込まれた木桶には、蔵の営みの履歴が染み込んでいきます。
そして木桶の材料となる杉もまた、100年以上の歳月をかけて山で育ち、桶となり、さらに蔵で役目を果たします。
蔵で木桶を見上げながら、立ちのぼる醤油の香りを吸い込んでいると、「目の前の味わいは、何世代もの人の手と時間が重なって生まれている」と実感します。そう思うほどに、味わいがいっそう深まって感じられます。

3)人の手がつなぐ味わい——蔵元の仕事
木桶仕込みは“自然に寄り添う”ように見えて、実は人の仕事が要所にあります。麹づくり、仕込みのタイミング、櫂入れの頻度、温度の見極め。どのポイントを大切にするかは蔵によって違い、その判断が“蔵の味わい”をつくります。
ある蔵の見学で、蔵人がもろみを見つめながら「菌が働きやすい環境をつくっているんです」と話してくれたことがありました。発酵を一方的に動かすのではなく、微生物の働きを読み取り、整え、寄り添う。生き物だから毎回同じにはならない——そう語る表情がどこか楽しそうで、その姿がとても印象に残っています。

もろみを混ぜる櫂入れ。もろみの外観、におい、かたさなど、蔵元は五感を使って日々様子を見ています。

この3つが重なることで、同じ醤油でも蔵ごとに違う表情が生まれます。次に、タンク仕込みと比べながら、その違いをもう少し整理してみます。

木桶とタンク——それぞれが大切にしていること

木桶とタンクの違いは、どちらが良いかではなく、どんな品質を目指して設計されているかの違いにあります。

タンク仕込みは温度管理や衛生管理がしやすく、ロット間の差を抑えながら品質を安定させて生産できるのが強みです。バランスがよく、料理に合わせやすい味わい。流通や外食の現場では、この整った味わいが求められます。
一方、木桶仕込みは蔵の環境や季節とともに発酵が進み、香りの方向性や厚み、余韻の広がりなどに「この蔵の味わい」が現れやすい。華やかな香りが立つもの、旨みの層が厚いもの、余韻が長く続くもの——同じ“醤油”の中に、さまざまな表情があります。そうした違いを楽しみたい料理人や食べ手が、少しずつ増えてきています。

どの醤油がどの料理に合うか想像しながらテイスティング。

まずは一本、そしてぜひ蔵へ

木桶仕込み醤油は、比べるほどに面白さが見えてきます。まずは気になる蔵の一本を、豆腐や卵かけごはんなどシンプルに試してみてください。香りや余韻の違いがわかりやすいと思います。
そして、もし可能ならぜひ蔵を訪ね、つくり手の話を聞いてみてください。“蔵ごとの個性”という言葉が、きっと実感として立ち上がり、味わいの感じ方もいっそう深まります。官能評価と機器分析で客観的な評価を専門としてきた私ですが、それとは別に、背景を知ることで深まる味わいも大切にしたい——そう気づかせてくれたのが木桶でした。

次回は、木桶仕込み醤油の現場——蔵元の世代交代や、木桶を使い続ける理由を辿っていきます。

補足分析でも見えた——木桶醤油は「個性派ぞろい」
一般社団法人 木桶仕込み醤油輸出促進コンソーシアムの取り組みとして、大学との共同研究で、木桶仕込み醤油とタンク仕込み醤油を香り成分・呈味成分の観点から比較調査しました(全26検体)。
その結果、木桶仕込みは蔵元ごとの違いが大きく、多様性が高いことが明確になりました。一方で大手メーカーのタンク中心の醤油は、香りや味わいの主要成分がバランスよく整っている傾向が見られました。

また、電子顕微鏡で木桶表面を観察すると、無数の微細な凹凸と、そこに付着する微生物の存在が確認できました。木桶は微生物が定着しやすい構造を持ち、蔵の環境に適応した微生物群が継代される。そのことが、蔵ごとの複雑で深い味わいの土台になっていると考えています。

参考リンク
木桶とタンクの違い(職人醤油)
木桶仕込み醤油を試してみたい方へ(職人醤油 商品ページ)
木桶仕込み醤油の蔵のことを知りたい方へ( KIOKE SHOYU /英語のみ

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